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「黒川由紀子の シニアの世界へようこそ」第6回 街

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文=松井健太郎
写真=高岡 弘

年輩の方も参加できる「ゆるスポーツ」。
外出のきっかけになることを期待。



『いちばん未来のアイデアブック』(木楽舎)のアンケート調査で、「日常生活で不自由を感じるのは?」と尋ねたところ、最も多かった回答が「外出するとき」(13.0%)でした。年輩の方にとって「街」は必ずしも快適な場所とは言えないようです。さらに、「外出先で困ることは?」と問うと、「道路に階段、段差、傾斜があったり、歩道が狭い」(15.2%)、「ベンチや椅子など休める場所が少ない」(13.7%)、「トイレが少ない、使いにくい」(11.3%)、「地下道路などが複雑で、どこを歩いているかわからなくなる」(5.2%)という回答が得られました。以前と比べると、駅にはエレベーターが設置されるなど街の環境は改善されてきたように感じる一方で、若い方が階段を勢いよく駆け下りるすぐそばでお年寄りの方が怖い思いをされている場面もしばしば見かけます。電車に女性専用車両があるように、街にもお年寄りの「専用レーン」が設けられ、ゆっくりと安心して歩いたり、階段を上り下りできる空間が増えればいいなと思います。連載の第1回で、アメリカのプールに「シルバータイム」という、年輩の方だけが泳げる時間が設けられているという話をしましたが、プールに限らず、日本の公園のジョギングコースや、駅やデパートに設置されているベンチにも、お年寄りが優先される「シルバータイム」を設けてはいかがでしょうか。

スポーツの話で思い出しましたが、皆さんは「ゆるスポーツ」をご存知ですか?年齢や性別、運動神経の良し悪しに関わらず、誰もが楽しめる新しいスポーツで、一般社団法人『世界ゆるスポーツ協会』という団体が考案し、普及させています。ゆるスポーツはいくつかのカテゴリーに分かれていて、そのなかの一つ、「ゆるスポヘルスケア」はお年寄りの方も簡単に参加できるもの。例えば、「打ち上げ花火」というゆるスポーツは、天井に光る的に向かって風船を投げ上げ、中心に近い的に当たると高得点を得られ、大きなデジタルの花火が打ち上がります。腕の上げ下げ運動や、首まわりのストレッチに効果があるようです。「トントンボイス相撲」は、紙相撲なのですが、手で土俵を叩くのではなく、「トントントン!」と声を発するとその振動が土俵に伝わり、紙の力士が相撲を取るというもの。高齢になると喉の機能が低下し、嚥下障害を起こすこともありますが、そのリハビリを楽しく行えるゆるスポーツです。

そんなユーモアあふれるゆるスポーツが、街なかの施設や公園で気軽に楽しめるようになれば、年輩の方が外出するきっかけの一つになるかもしれませんね。


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街全体がツルンとするのは反対。
バリアフリーよりも思いやりを。



前章で紹介した『いちばん未来のアイデアブック』のアンケートで、「道路の段差が困る」という回答が多く寄せられました。実は、私は4年ほど前、うかつにも転んで足首を骨折し、しばらくの間、車椅子に頼る生活を送ったことがあります。当時、上智大学に勤務していたのですが、それまでは気にならなかった微妙な段差がキャンパス内にたくさんあることに気づかされました。教室にたどり着くのもひと苦労です。雨が降るとさらに大変。車椅子では傘は差せませんから。両手を自由にするためにリュックがほしいと思いましたが、車椅子の背もたれにぶつかり、背負えません。

さらに、キャンパスから外へ出て、青山一丁目界隈に車椅子で散歩してみると、フラットだと思っていた道路が障害だらけなのにも驚きました。歩道の端も急勾配になっています。勾配を乗り越えるために相当な力を要しました。ですから、「道路の段差が困る」という回答に共感する部分は大いにあるのですが、かと言って、街全体が段差のないツルンとしたつくりになるのは個人的には反対です。私の知る80代の女性は、急な階段のあるアパートの2階に住んでおられます。体力の面で年相応の衰えがあり、階段を上がり下りされている姿は危なっかしくも見えるのですが、逆に、いい歩行訓練にもなっていると思いました。

そうした小さな「障害」さえも、街や建物から一切なくなり、女性もエレベーターで上り下りするようになったら、移動は楽にはなりますが、おそらく体力はさらに衰え、歩行時の注意力も低下することになるでしょう。それは、安全という名の大きな危険をはらむ街になること。経験者として、車椅子で移動できる道筋の確保は声を大にして求めたいことではありますが、極端なバリアフリー社会に移行することには反対です。完璧なバリアフリーよりも、街の段差で困っている高齢者や障害者を見かけたら、周囲の人が思いやりの手をさしのべることで乗り越えるのが、いちばん大事な未来のアイデアだと思うから。


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認知症に関する知識を事前に共有。
街全体で対応できる仕組みづくりを。



認知症の方にとっても、街は過ごしやすくあるべきです。今、「認知症サポーター養成講座」が全国で広がりを見せていますが、実際のところ、それを受講したからといって認知症に関する専門的な知識を得られるとは思えません。ただ、厚生労働省がコンセプトに掲げる「認知症高齢者等にやさしい地域づくり」に取り組むきっかけとして、受講者が増え、街に暮らす人々に理解が広まるのはよいことだと思っています。理解が広まった先に、どこへ連絡すれば対応を助けてもらえるのかというシステムができれば、なおよいですね。そうなれば、商店街のお店に認知症と思われるお客さんが来店した場合にも、互いが不安に陥らずにすむでしょうから。

前頭側頭型認知症(ピック病)の患者さんは、万引きをしてしまう可能性があります。もちろん万引きは犯罪ですが、認知症の症状の一つでもあるわけです。そこで、当事者が行きそうな店を事前に訪れ、事情を説明し、「もしも商品を盗んでしまった場合には必ず返しますので、そういう行動が見られたら電話連絡をください」という対応をされているご家族もおられます。そうした万引きの背景には、認知症の可能性があるという知識も一般的にあまり知られてはいません。そうした知識も、より多くの方々に知ってもらいたいです。事前に共有できていれば、大きなトラブルに発展することも少なくなるでしょう。

そんな、認知症の方が暮らしやすい街づくりを目指して取り組んでおられるのが、東京・世田谷区のNPO『語らいの家』代表の坪井信子さんです。NPOのある成城で、認知症の方に対してフレンドリーな店舗や施設を示した街のマップを制作されました。マップは、認知症の当事者や家族、あるいは、店舗や施設で働く従業員が利用されているようです。マッピングされた店舗や施設の従業員は、認知症の方への対応の訓練を受けたり、対応できない場合にサポートを求める施設とつながりを持ったり、「監視」という考え方ではなく、困ったときに街全体で対応できる仕組みをつくられたのです。「一主婦」だった坪井さんの先駆的な活動は、今や全国に知られるようになり、海外からも視察に訪れるほど注目を集めています。

超高齢社会に突入した今、認知症を患う高齢者もますます増えていくと思われます。認知症の方々が街にたくさんおられることを前提にした街づくりを、当事者や家族を含めた街に暮らす人々、店舗や施設、行政が一緒になって考えなければいけない時代が訪れているのです。

2017年9月


プロフィール高齢者 生活 シニア 生活

黒川由紀子
くろかわ・ゆきこ●1956年東京都生まれ。東京大学教育学部教育心理学科卒業。保健学博士、臨床心理士。東京大学医学部精神医学教室、大正大学教授、慶成会老年学研究所所長を経て、上智大学名誉教授、慶成会老年学研究所特別顧問。ミシガン大学老年学夏期セミナーの運営委員などを務めた。著書に、『日本の心理臨床5 高齢者と心理臨床』(誠信書房)、『いちばん未来のアイデアブック』(木楽舎/監修)など。